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90年代回顧録

2012-11-12 Mon 21:52:09

 話は昨日の徳島モーターショーに遡ります。スズキブースでアンケートに答えたと書きましたが、そのアンケートで「スズキからの連絡を受け取りたいか」とあったので、「カプチーノの安い中古車が出てきたら連絡希望」と書いたのです。半分本気、半分冗談で。
 
 そうしたら、まさかの翌日に「関東のスズキディーラーに1台だけありました!」との連絡が。スズキの営業さんの努力と熱意に頭が下がりつつ、同封されていたカプチーノの情報を見ているうちに、こう、昂ってくる感情のようなものがありまして。「ああもう、一度染まっちゃったら抜けられないな」と車趣味の泥沼にハマった自分を自嘲したりなんかする、そんな一日でした。

 今ではもうなんか、「V8積んで後輪駆動のアメリカ車じゃないと認めねぇ」みたいなキャラになってますが、元々は90年代の走り屋ブーム(頭文字D以前)で育った、根っからの走り系車馬鹿。当時は軽自動車雑誌……名前を出してしまえばK-Car Special誌になりますが、それですら矢田部の最高速やゼロヨンのタイム、そして峠の走り屋にスポットを当てていたものです。そして、当然のように複数あった自動車雑誌。
現在のようにOption系列しか無い、なんて状況ではなく、PandaやYoung Version、CARBOY等、多くの走り屋雑誌が書店に並んでいました。スポコンやHellaflush、ヴェルターゼー、そして痛車に見られるように、改造車雑誌はその時々のトレンドを映す鏡のようなもの。つまり、当時は自分の地元のような田舎でも走り屋仕様の車を腐るほど見かけ、そして毎晩のようにドリフトのスキール音が聞こえてくる、そんな環境で育ちました。
 そんなもんですから、ひよこが初めて見た者を親だと思うのと同じように、自分の中での走り屋・そしてスポーツカーのイメージは未だにこの1990年代から抜け出せずにいます。
 そしてまた、その世界への憧れも。

 流石に現実を考えると公道でのドリフトやバトルだなんて漫画の中だけで十分ですし、あんな車を自分が維持できるのか、と考えると「無難」に落ち着いてしまうこともあります。
 しかし、やっぱりこうして触れていくと、ある意味「封印」してた「そういった世界」への憧れみたいなものが顔を出してくるのもまた事実。「現実」を言い訳に冷めたふりをしていても、結局はその蓋の下で燃え滾ってる炎があるようなもんです。
 初めての愛車は走り屋の車とは呼べるものではなかった上に、車検代すら払えずに廃車にしてしまいました。それからと言うもの、実車とは距離を置きがちな自分ですが、果たして戻れるのでしょうか。そして、次の車はどんな車になっているのでしょうか。

 何と言うか、「余計なことをしちまったなあ」と後悔しながらも、再び蘇ろうとする情熱の火が嬉しくてしょうがないんですよね。もしそのうち、このブログで「カプチーノ買った」なんて内容が書かれた日には、「ああもう負けたんだ」とでも思ってやってください。

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